16歳の夜長姫
シーン4から登場する16歳の夜長姫人形が稽古場にいる。
劇人形作家には3つの〆切がある、と聞いたことがある。
フライヤー写真撮影の〆切、稽古開始の〆切、本番の〆切、だそうだ。
この中で一番守ってもらえないのが稽古開始の〆切のように思うのは、私が遣い手だからかな?
12月始めは、ずーっと夜長姫人形の衣装を縫っていた。
まだ稽古は始まらない衣装縫いの時間。人形を作らない私が人形と接する初めての時間。
私がこの人形のナラティヴを作って行く具体的な初めての時間。
その次に来るのが、芝居の稽古に入る前の人形となじむの時間。
胴串の握り具合、肩代の揺らぎ具合、引き線の引き具合、腕や手、足の具合、腰や腹の具合。そして顔、顔、顔。
具合をみながら重さを手に知らしめてゆく。
これが次なるナラティヴをつくってゆく時間になる。
最初は問診、これは触診といった感じかな?
渡辺人形は、最初から私の手や身長を考慮して創ってくれているので、そうそう時間をかけなくても一通りのことは出来るようになる。それからが楽しい。この人形の「らしさ」や「くせ」を探していく楽しい楽しい時間。そして見つけられない時は苦しい。じっと見つめあっていたりすることもあるし、衣装を全部ひっぺがしておなかの構造を確かめてみたりする。
泣きそうになってほんの数ミリを削り直してもらったりもする。
渡辺さんの新作人形を私が遣うのはとても久しぶり「涯なし」の「白い子」以来なのだ。
この数年、渡辺さんの人形を遣った作品では、私は作劇をし渡辺人形は他の人が遣っていたし、他劇団や海外の劇団への人形創作を横目でみていた。
「白い子」の1つ前の「サルメ」あたりから少し作風が変わって来ていて、じっとじっとみていた私は、今回「夜長姫」を手にした時に実に良くわかった感情があった。我慢してたんだ。。。遣いたかったんだ。。。嬉しくて嬉しくてしょうがないんだ!!
若い頃は、渡辺さんが他劇団に人形を創ると、どういうルートかいつの間にか遣い手として、その芝居にはいってしまうこともあったし、初めて自分が遣っていない渡辺人形の芝居をみた時は興奮して家路についたものの芝居の内容は全く覚えていなかったこともあった。
思えば22歳の時から私は渡辺さんの人形を遣って来た。28歳頃に一緒に台湾で踊った時から、世界中を一緒に旅した。もう一回、新作人形を遣いたかったんだ。うれしぃ〜。
でも、一心同体、同行二人、二人で1つになるには、地味地味とナラティブを紡ぐ時間が必要な私という遣い手は、なかなか渡してくれない渡辺さんの人形は怖くもある。
なんせ10年経ってようやく作品に出来た人形もあるというテンポだから、、、。
暮れも正月もなく16歳の夜長姫とナラティブを紡ぎ、正月明けには、もう一体くる幼い夜長姫とナラティブを紡ぐ。
節分に私がいなくなっても探さないで、、、 ひな祭りには戻って来るから。。。